11月 04 2011

落ち葉と戦う2つの手段

Battle against Fallen Leaves玄関前に集う大量の落ち葉たち。先日お話しした、家の前に立つ守り樹みたいなオークの樹から落ちてきた葉っぱです。「黄色い絨毯」なんて流暢なことは言ってられません。掃いても掃いても掃いてるそばから落ちてきて、やっときれいにしても風があればあっという間に元通り。「どうせまた落ちるし」なんて怠慢な態度でサボろうものなら、サボった分だけそのツケはしっかり次の掃き掃除に上乗せされ、労力もかかる時間もドンと2倍3倍。なので地道に毎日取り組むことが一番いい方法なのですが、そもそも許容範囲を広げようにも(要は無視)、毎朝玄関の外がこんな有様であれば、だらしなさが漂う気配に耐えられず、手が自然に箒を求めてしまいます。

私は几帳面な面といい加減さや大雑把ないわゆるアバウトな面が同居しているタイプのようで、この落ち葉の掃除にしてみても、「サボっちゃえ」とか「見ないふり」ができる一方、一度始めると、自分で言うのもなんですが完璧な仕上がりです。コツコツ作業をいかに短時間で効率よくこなすか、といったことを追求することも結構好きだったりするので、掃いても掃いても舞い落ちてくる落ち葉にうんざりしながらも、どこか落ち葉掻きを楽しんでいる自分がいるのも本当です。加えて言えば、落ち葉掻きはやった成果が歴然と分かる作業なので、気持ちのよい達成感や満足感が得られます。掃くときのシャッシャッシャッという軽快な音や、落ち葉から香る匂いに気持ちが不思議と安らぎ、心が落ち着く作業だなとも思うようになりました。

Battle against Fallen Leavesさて、そういった私の自己満足や小さな喜びを落ち葉とともに一掃してしまうのがこちらの「兵器」。アメリカでもヨーロッパでもこの時期になると必ず登場する落ち葉掻きマシーンです。落ち葉を強力な風で吹き飛ばし(Blower/ブロア)、更に葉を砕いて吸い込む(Vacuume/バキューム)2モードを搭載したリーフブロアバキューム。粉砕された葉はマシーンの後ろに取り付けられたバックに溜まっていくシステムです。公園などの公共施設はもちろんのこと、当然のように我が家にも一台あったりと、一般家庭にも広く普及しています。形状は様々で、我が家のものは行動範囲が限られるコードがついた電気式ですが、公共の場で活躍するのはリュックのように背中にエンジン背負うもので、性能は後者の方がパワフルです。

Battle against Fallen Leavesこの機械の便利なところはもちろん、落ち葉を一気に吹き飛ばし短時間で一カ所に集めることができること。箒だとやっかいなアスファルトにへばりついた濡れ落ち葉や、芝生に絡む落ち葉、狭い所だってなんのそのであっという間に吹き飛ばしちゃう頼もしいヤツです。右の写真が集め終わった状態です。時間にして約10分(箒だと1時間)。ただし私のように使い慣れていなければ、落ち葉が乱舞するだけで一向にこの状態にはなりません。なのでこのマシーンは旦那さん専用。週末になると華麗なノズルさばきでチャチャチャッと作業してもらっています。確かに便利。チマチマと箒で掃いているのがアホらしくなるほどあっという間の作業です。ですがこのマシーン、尋常ではないけたたましい音を発します。それが最大の欠点。吹き飛ばすときはブォーーーンと、吸い取るときはゴォーーーと、そしてバキバキバキという音とともに葉を砕く。とにかくうるさい。公園や車道などを清掃する人達は音から耳を守る為にイヤーマフをしているほど。うるさいを通り越して公害レベルの騒音と言ってもいい。そんな「音」がこの時期至る所で鳴り響き、秋の風物音となっています。あれば確かに便利ですが、吹き飛ばす豪快さといい、発する音といい、落ち葉掻きの風情も何もあったもんじゃない代物です。

Battle against Fallen Leavesこんなマシーンが日本に広く流通し、禅寺なんかでブォーーーンと鳴り響いたらどうでしょう? 少なくとも禅寺ではあってはならない、と個人的には思います。私は落ち葉掻きはやっぱり箒派です。 前半にも書いたように、黙々と取り組む落ち葉掻きには心を鎮める作用があるように思います。実際、落ち葉掻きはお寺の修行の一貫でもある「掃き清める」という作務です。苦行ではない。こんな私でも毎日毎日取り組んでいるうちに、掃くという行為が単なる動作ではなく、 心が伴う「掃き清める」にほんの少しだけ近づくことができ、心の浄化法となっているのかもしれません。故に心が落ち着く作業だなと感じるようになったのかと。きれいになったあとに得られる爽快感もきっとここに由来しているのでしょう。

とはいえ、旦那さんとパワフルマシーンの協力のもと完璧に掃除した翌朝がこの有様です(上の写真)。そう、我が家は正面のみならず、反対側に位置するテラスやお庭、そして二階のバルコニーも含めてが守り樹様の葉っぱの落下場所。つまり家の外全部です。千利休が「全部掃き清めては風情がない」と言って、きれいに掃き上げた場所にわざと落ち葉をパラパラパラと撒いた、というエピーソードがあるそうですが、パラパラパラどころの比ではない。みてちょうだい、このどっさり感。前日の掃除の甲斐も無く、芝生の上にも奥のテラスにも再び落ち葉が舞い降りた。「終わらない」という事実を受け入れながらも、夫婦そろって顔にサーッと縦線です。現在のお庭もこんな状態。ですが前述した通り、都合よくいい加減さも兼ね備えた性格なので、お庭は旦那さんが作業してくれるまでは決して見ない。無視です、無視。いつも無視。二面性を持つこういう性格でよかったとつくづく感じる晩秋です。今週末は我が家からけたたましい騒音が再び鳴り響くことでしょう。

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落ち葉と戦う2つの手段 への2件のフィードバック

  1. sizue のコメント:

    すごい量の落ち葉ですね。大木ならでは~~~~~ですね。
    毎日どころかお掃除しても後から後から―――ですものね!。それ程の落ち葉、お掃除した後の処分はどうなるのでしょうかね?。

    我が家の前の街路樹も常緑樹ですから春先に落ち葉に泣かされました。人目が気になって毎朝お掃除をしていました。うん!過去形? そうなんです、この年になりますともう人目など気にしていられません。全く無視です。そのうち風が処理してくれます。

    市の方でもその事を承知してくれての処置と思いますが、毎年すけすけに枝をカットして呉れます。

    • kyblog のコメント:

      sizue様

      実は集めた落ち葉の処理がこれまた大変! 日本でもみかける「コンポスト」という落ち葉を堆肥化する容器をお庭に設置しているお宅もよくみかけますが(昔、父が利用してた)、我が家にはないので、先週末旦那さんが公共のゴミ処理場にまとめて持って行きました。ぎっしり枯れ葉がつまった超巨大ゴミ袋が全部で9つ。一回じゃ運べなかったので二往復。でもゴミ処理場まで持っていけばあとは簡単。処理場には、枯れ葉から伐採した大きな木までありとあらゆる植物ゴミを捨てるコンテナがあり、そこにぽ〜いって投げ入れるだけで処分終了です(無料)。処理場がその植物ゴミをコンポスト化しているかどうかはわかりませんが、エコが進んでいるノルウェーなので、恐らく再利用しているでんはないかと思います、多分。

      「やらなければならない(義務)」と「やらなくてもいい(許容)」を比べたとき、「やらなくてもいい」の方がずっと易しい響きの言葉なのに、いざ実行するとなると実は難易度の高い選択だなって私は思います。落ち葉掻きにしてみても、「いいややらなくて」でもきっと何の問題もなく時はすぎるのに、「やらなければならない」という気持ちを持った瞬間からそれはストレスになるのです。そのストレス(イライラ)が周りの人を不快にさせることもあるのですから、「やらなくてもいい」を選んだ方がよっぽど空気は穏やかに流れます。つまりsizueさんの「風が処理してくれる」という考えの方が何十倍もハッピーな生き方じゃないか、と思うわけです。

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