7月 12 2011

「星守る犬」村上たかし
とんでもなく泣いた一冊

星守る犬2年前空港の本屋さんで手にした「星守る犬」。ヒマワリ畑のなかにちょこんといるワンコが可愛くて思わず表紙買いした一冊です。マンガだし機内でも読みやすいだろうと軽い気持ちで買ったのですが、とんでもない作品でした。とんでもなく切なく、とんでもなく重く、そしてとんでもなく深みのある物語。更に私にとってはとんでもなく苦しい一冊でもありました。

二部構成でできているこのマンガ本は、前半はお父さんと犬の「最後の旅」が犬目線で描かれており、後半はその旅の軌跡を辿るある男の今と昔が描かれています。もしこの作品が前半のお父さんと犬のお話だけだったら「とんでもなく苦しい」一冊にはならなかったと思う。しかし後半の「男」のストーリーには、完全に心が打ちのめされました。

「私は...私の犬に何をしてやったのか?」

本文にでてくる「男」の台詞です。あえてその先は書かないでおきますが、この短い一文だけでも私の心をグサリと突き刺すには十分でした。だぶるのです。「男」とその男が昔飼っていた「犬」が、自分の昔と昔我が家にいた犬と。

子供の頃、父を拝み倒した末に我が家にやってきた犬は柴犬でした。「ハヤテ」と名付けたその犬は15年という犬としては長い人生を全うしましたが、私はその犬に精一杯の愛情をあげられなかった。いっぱい遊んであげたりいっぱいお散歩にいったのは最初だけ。後悔だらけだし懺悔することもたくさんある。なにもかもが本の中の「男」と同じなのです。いや「男」よりもっとダメでしょう。私はハヤテの最期の時に側にいませんでしたから。全くいい飼い主ではなかった。それなのにハヤテは最後までこのできそこないの私を最愛の友と信じ、変わらぬ愛情を注いでくれました。「男」が飼っていた忠犬と同じように。

ふとハヤテを思って後悔の念に苛まれるとき、必ず思い出すのは亡くなった父のこと。私の父は動物好きというか几帳面というか、なにをするにも徹底して取り組む人だったんですが、最後まで愛情をもってハヤテと接したのはその父でした。雨が降ろうと寒かろうと毎日2時間くらいはお散歩に行っていましたし、よく話かけてもいました。なので少なくともハヤテは父からの愛情は受け取ったんではないかと、父のお陰でほんの少し私の苦しい思いが救われるのです。

生死を彷徨うような大手術をした父のまるで身代わりのように亡くなったハヤテ。無事元気を取り戻し退院したものの、それから数年後別の病気で他界した父。ハヤテは大好きだった父に出会えたでしょうか? 本やドラマの見すぎでしょうかね〜。私は出会えたと信じたいのですが...。

現在私の側にいるのはハヤテと同じ柴犬の愛輝です。後悔の念を埋め合わせるために愛輝を我が家に迎えたわけではないですが、二度と昔のダメだった私にはなるまいと心に誓いながら愛輝と接しているつもりです。どれほどちゃんとできているかは愛輝に聞かなければ分からないことですが、少なくとも、亡くなった父がどうやってハヤテに接していたかを時々思い出しながら「私はちゃんとできているだろうか?」と自問自答しています。

本に対する感想ではなくなってしまいましたが、今日は父の命日というこもあり、「星守る犬」をお借りして、いろんなことを思い出しながら懐かしみながらここにフタリのことを綴ってみました。

40万部を超えるベストセラーとなった本作ですが、泣かせる中にも優しい温かさや救いがある確かに見事な作品です。続編も最近発行され、西田敏行さん主演で映画化となった「星守る犬」が現在公開中のようですね。見たいような見たくないような、いや、見れないような、と書く方が正しいかもしれません。映画館でみたら泣きすぎて立ち上がれなくなりそうですから。

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カテゴリー: 考えたこと, 読書 | 4件のコメント
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